ここで起きたこと
サラ・ウィンチェスターは、ウィンチェスター連発銃会社の跡取りウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻でした。生まれたばかりの娘を、続いて夫を亡くした彼女は莫大な財産を相続し、1886年にサンタクララ・バレーの未完成の農家を買い取ります。
彼女は1922年に亡くなるまで改築と増築を続けました。1906年の地震で7階建ての塔が崩れ、屋敷は4階建てになります。44段あるのに3メートル足らずしか上らない階段、床にはめ込まれた窓、細部に繰り返される数字の13――その奇妙さは今も人々を悩ませています。
伝説
伝説では、ボストンの霊媒がサラに、建築をやめればウィンチェスター銃で殺されたすべての人の霊にとりつかれると告げたといいます。工事は38年間昼も夜も続き、彼女は毎晩秘密の部屋で交霊会を開いて、翌日の設計図を受け取っていたのだそうです。
職員や来訪者は、足音、ひとりでに回るドアノブ、冷気、そして地下室に現れる作業員のような人影について語ります。
事実か、伝説か
歴史家たちは、霊媒の存在も夜ごとの交霊会も裏づける証拠を見つけていません。伝記作家メアリー・ジョー・イグノッフォは、サラは建てては建て直すことを好んだ意志の強いアマチュア建築家で、伝説の多くは新聞、のちには観光施設自体が広めたものだと論じています。工事も途切れなく続いたわけではなく、長く中断した時期がありました。
訪れるには
屋敷は毎日開館する人気の観光施設で、邸内のガイドツアーのほか、季節によってはキャンドルライトツアーやハロウィーンのツアーもあります。